胸の一部が、さわると熱い。赤くなっている。硬いしこりがあって、押すと飛び上がるほど痛い。そして、寒気がして体温を測ったら38度を超えていた——。
時計を見たら夜中の2時で、産院はもう電話がつながらない。赤ちゃんは泣いていて、でも自分は震えていて、片手でスマホを持って「乳腺炎」と検索している。そんな夜を過ごしている方が、本当にたくさんいます。
こんにちは。元看護師で、男の子と女の子の2児の母、ちなみです。
乳腺炎について調べていると、「まず出しきりましょう」「いえ、休ませましょう」「マッサージが必要です」「揉んではいけません」と、正反対のことが並んでいて、余計に混乱すると思います。痛みで頭が回らないときに、どれを信じればいいのか判断させられるのは、あまりに酷です。
そこでこの記事では、MSDマニュアル(家庭版・プロフェッショナル版)と、日本産婦人科医会、こども家庭庁の資料に書かれていることだけを使って、「乳腺炎とは何か」「なりかけのサインをどう見分けるか」「何をすればいいか」「授乳は続けていいのか」「いつ病院に行くか」を順番に整理します。
特定の商品・サービス・手技をおすすめすることは一切しません。資料に書かれていないことは、「書かれていない」とそのまま書きます。
乳腺炎とは?授乳中に胸が痛くなり熱が出るしくみ
まず、言葉の定義からそろえます。ここがあいまいなまま対処法だけを読むと、自分の状態がどれに当てはまるのか分からなくなってしまうからです。
「痛みをともなう乳房の炎症」で、多くは感染をともなう
MSDマニュアル家庭版は、乳腺炎をこう定義しています。
「乳腺炎は、痛みを伴う乳房の炎症で、通常は感染を伴います」(MSDマニュアル家庭版)
「乳腺炎は疼痛のある乳房の炎症であり,通常は感染を伴う」(MSDマニュアル プロフェッショナル版)
ポイントは「炎症」と「感染」が別の言葉として使われていることです。乳腺炎はまず炎症であり、そこに細菌の感染が加わっていることが多い。この二段構えを頭に入れておくと、あとで出てくる「抗菌薬を使う場合と使わない場合がある」という話がすっと入ってきます。
細菌がどこから入るのかについても、家庭版に説明があります。「乳頭や乳頭周囲の皮膚にひび割れができると、皮膚にいる細菌が乳管に侵入して感染症が起こる可能性があります」。つまり、特別な細菌がどこかからやってくるのではなく、もともと皮膚にいる細菌が、傷から中に入るという経路です。
原因菌については、プロフェッショナル版が「ブドウ球菌属細菌が最も一般的な原因である」と書いています。ブドウ球菌は、健康な人の皮膚にもふつうにいる菌です。
ちなみ(元看護師)
起こりやすいのは産後6週間まで。ほぼすべてが授乳している人
いつごろ起こるのかについて、家庭版はこう書いています。
「乳腺炎は、通常は出産後の6週間に発生し(分娩後感染)、ほぼすべてが授乳している母親に起こります」(MSDマニュアル家庭版)
「一般的ではありませんが、乳房の感染症は外傷や手術の後に起こります」(同)
「出産後の6週間」というのは、産褥期(さんじょくき)と呼ばれる期間とほぼ重なります。産褥期は、出産で大きく変わった体が妊娠前の状態に戻っていく期間のことで、MSDマニュアルでは分娩から6週間と定義されています。
もちろん、6週間を過ぎたら絶対に起こらないという意味ではありません。「通常は」という言葉が付いています。授乳が続いているあいだは、起こる可能性が残ります。ただ、統計的にいちばん多いのは産後1か月半までという目安を持っておくと、自分の状況を位置づけやすくなります。
また、リスクが上がるとされている条件も明記されています。「糖尿病があったり、コルチコステロイドを使用している場合、乳房の感染症のリスクが上昇します」。持病がある方・治療を受けている方は、この点を医師に伝えておくと話が早く進みます。
授乳を始めて数週間後の発熱は、乳腺炎のことが多い
これは、産後の発熱で不安になっている方にとって、いちばん実用的な一文かもしれません。
「授乳開始から数週間後の発熱は、しばしば乳腺炎によるものです」(MSDマニュアル家庭版)
「授乳開始から数週間後に起こる発熱は乳腺炎によることが多い」(MSDマニュアル プロフェッショナル版)
家庭版とプロフェッショナル版の両方が、ほぼ同じ文で書いています。産後、授乳を始めてしばらく経ってからの発熱は、まず乳腺炎を考える——これが標準的な考え方だということです。
「風邪をひいたのかな」「疲れが出たのかな」と思って市販の風邪薬を飲もうとする前に、胸を見て、さわってみてください。片側だけ赤い、硬い、熱い、押すと痛い。そこに気づけたら、それは風邪ではなく乳腺炎かもしれない、と切り替えられます。
乳頭の痛み・ひび割れとは、別のものとして扱われている
ここも混同されやすいところです。両方の資料が、わざわざ区別を明記しています。
「乳腺炎は、母乳を与え始めた最初の数日に起こる乳頭の痛みやひび割れとは異なります」(MSDマニュアル家庭版)
「乳腺炎は授乳開始から数日以内に頻繁に起こる乳頭の痛みやひび割れとは異なる」(MSDマニュアル プロフェッショナル版)
整理すると、こうなります。
- 乳頭の痛み・ひび割れ:授乳を始めて数日以内に多い。痛いのは乳頭(乳首)そのもの
- 乳腺炎:授乳開始から数週間後に多い。痛いのは乳房(おっぱい全体または一部)で、赤み・熱感・発熱をともなうことがある
ただし、この2つは無関係ではありません。ひび割れが細菌の入り口になるので、乳頭の傷は乳腺炎の入り口でもあります。だから「乳首が切れて痛い」段階でケアの相談をしておくことに意味があるのです。
そもそも母乳の出方や飲ませ方に不安がある段階の方は、こちらもあわせてどうぞ。
母乳が出ないのはなぜ?いつから出るか・足りているかの見分け方を元看護師が解説
乳腺炎の症状:胸にあらわれるもの・全身にあらわれるもの
症状は、胸に出るものと全身に出るものの2つに分けて覚えると、自分の状態を人に伝えるときに整理しやすくなります。
胸にあらわれる症状
プロフェッショナル版は、乳房の症状を5つ挙げています。
「乳房症状としては,紅斑,硬結,圧痛,疼痛,腫脹,触れた際の熱感などがある」(MSDマニュアル プロフェッショナル版)
- 紅斑(こうはん)=赤くなる
- 硬結(こうけつ)=硬いかたまりのように感じる
- 圧痛(あっつう)=押すと痛い
- 疼痛(とうつう)・腫脹(しゅちょう)=痛み・腫れ
- 熱感(ねっかん)=さわると熱い
家庭版のほうは、もう少しやさしい言葉で書いています。「感染した乳房は通常、腫れて赤くなり、熱感と圧痛がみられます。乳房の一部だけが赤くなったり痛んだりすることもあります」。
この「乳房の一部だけ」という一文は、とても大切です。おっぱい全体が均等に痛むとは限らず、外側の上のほうだけ、脇に近いところだけ、というふうに部分的に出ることがある。「一部しか痛くないから乳腺炎じゃないはず」と考える必要はない、ということです。
全身にあらわれる症状:熱・寒気・震え
プロフェッショナル版は、「乳腺炎の症状には高熱があり」と、発熱を最初に挙げています。乳腺炎の発熱は、38度を超えることも珍しくありません。
そして、熱が上がるときには寒気や震え(悪寒)をともなうことがあります。体温を上げようとして筋肉が細かく震えるためで、これは熱が出る過程でよくある反応です。「がたがた震えが止まらない」という状態は、それだけ体が全力で反応しているということでもあります。
頭痛や関節の痛み、体のだるさをともなうこともあります。これらは熱に付随して起こるもので、「風邪のような症状」として感じられます。だからこそ、前の章で書いたとおり、産後に熱が出たらまず胸を見るという順番が効いてきます。
産後の発熱は乳腺炎以外の原因でも起こります。乳房に症状がないのに熱が続くときの考え方は、こちらでまとめています。
産褥熱とは?産後の発熱は何度から受診?37度台と38度以上の見分け方を元看護師が解説
「乳腺炎の画像」を探している方へ
「乳腺炎 赤み 画像」「乳腺炎 膿 画像」といった調べ方をされる方が、とても多くいらっしゃいます。自分の胸がそうなのかどうか、見比べて確かめたい——その気持ちは、とてもよく分かります。
ただ、この記事には実物の写真を置いていません。理由は、写真1枚と見比べて判断できるものではないからです。
肌の色も、赤みの出方も、照明も、撮影した角度も、症状が始まってから何時間経っているかも、写真ごとにまったく違います。「この写真ほど赤くないから大丈夫」と思ってしまうことのほうが、リスクとしては大きいのです。
見比べる代わりに、次の3つを見てください。これは資料が受診の目安として挙げている内容と重なります。
- 方向:赤みや痛みは、数時間前と比べて広がる方向か・引く方向か
- 全身:熱・悪寒・震えがあるか
- 反応:授乳や搾乳のあとに少しでも楽になるか、まったく変わらないか
この3つは、電話で相談するときにもそのまま使えます。「赤みが広がっています」「38度5分で震えがあります」「授乳しても変わりません」と伝えられれば、それだけで判断材料として十分です。
「乳腺炎のなりかけ」は、医学的にどう扱われているのか
「乳腺炎のなりかけ」という言葉は、医学の教科書に出てくる用語ではありません。けれど、多くの方が使っています。「まだ熱はないけれど、しこりがあって痛い」「チクチクする」「なんとなく嫌な感じがする」——その段階を指す、とても実感のこもった言葉だと思います。
では、その段階を医学の資料はどう扱っているのでしょうか。
医師が最初に見分けるのは「乳房緊満」との違い
プロフェッショナル版の診断の項に、決定的な一文があります。
「乳腺炎の診断は病歴聴取と身体診察による。乳腺炎は,炎症や感染を伴わない乳房緊満と鑑別する必要がある」(MSDマニュアル プロフェッショナル版)
乳房緊満(にゅうぼうきんまん)とは、母乳がたまって胸がぱんぱんに張った状態のことです。痛いし、硬いし、つらい。でもそこには炎症も感染もない。
つまり、医師が乳腺炎を診断するときに最初にやっているのは、「これは炎症を起こしている乳腺炎なのか、それとも単に張っているだけなのか」を切り分けることなのです。
この視点を借りると、「なりかけ」という言葉の正体が見えてきます。多くの場合、「なりかけ」と呼ばれている状態は、この“張り”と“炎症”のあいだにあるグラデーションです。だから境界があいまいで、自分では判断しにくい。判断しにくいのは、あなたの観察力の問題ではありません。
ちなみ(元看護師)
なりかけでやることは、実は本格化したときと同じ
ここが、この記事でいちばんお伝えしたいことのひとつです。
資料が挙げている乳腺炎の初期対応は、「痛みと腫れを鎮痛薬と冷却で管理する」「乳房から完全に母乳を出しきる」「水分を十分にとる」の3つです。そして「多くの場合、軽度または中等度の乳腺炎を治療するにはこれらの対策で十分です」と書かれています。
この3つは、張っているだけの段階でやっても害になるものではありません。だから、「これは乳腺炎なのか、ただの張りなのか」を自分で確定させてから動く必要はないのです。どちらであっても、やることはほぼ同じ。
「なりかけかも」と思った時点で動き始めていい。そう考えると、少し気持ちが軽くなりませんか。
一晩様子を見ていい場合・見ないほうがいい場合
とはいえ、いま連絡すべきか朝まで待っていいのかは、知りたいところだと思います。資料の記述をもとに整理すると、こうなります。
朝まで様子を見ながら対処してよい状態の例
- 熱がない、または微熱程度で悪寒・震えがない
- 痛みや赤みが広がっていない
- 授乳や搾乳のあとに少し楽になる
時間帯を問わず連絡したほうがよい状態の例
- 発赤が広がっている
- 発熱や悪寒がある
- 対処をしても症状が軽減しない、または症状が重い
後半の3つは、MSDマニュアル家庭版が受診すべき状況として挙げている内容そのものです。「例えば乳房が赤くなっている、発赤が広がっている、あるいは発熱や悪寒があるなど、感染症の症状が軽減しない場合や症状が重篤な場合は、医師の診察を受けるべきです」。

乳腺炎になったときの対処法:資料が挙げている4つのこと
ここからが実践編です。MSDマニュアルの家庭版・プロフェッショナル版が初期治療として挙げているのは、次の4つです。順番に見ていきます。
- 鎮痛薬で痛みと腫れを管理する
- 患部を冷やす(痛みと腫れに対して)
- 乳房から完全に母乳を出しきる(出す前には温める)
- 水分を普段より多くとる
これらで十分なことが多く、改善しない場合や重症の場合に抗菌薬が使われます。
「乳房を空にする」ことが、治療そのものになる
4つのなかで、いちばん中心にあるのがこれです。
「授乳または搾乳により乳管が充満したら、乳房から完全に母乳を出しきるべきです」(MSDマニュアル家庭版)
「母乳を出しきることは治療に役立ち、膿瘍が生じるリスクを低下させるからです」(同)
「罹患した乳房を空にすることも治療の一環であるため,投薬中も授乳および/または搾乳を続けるべきである」(MSDマニュアル プロフェッショナル版)
「治療に役立つ」「治療の一環」という言い方に注目してください。母乳を出すことは、我慢して耐えることでも、無理をすることでもなく、治療そのものとして位置づけられているということです。
しかも、膿瘍(のうよう=膿がたまること)が生じるリスクを下げるとはっきり書かれています。つまり、痛いからといって出さずにためこむことは、いちばん避けたい方向に進むということです。
授乳の間隔が空きすぎて母乳をためこむことも、うっ滞から乳腺炎につながる一因です。月齢別の授乳間隔の目安と、「空きすぎ」が気になるときの考え方は、こちらにまとめました。
授乳間隔の目安は?月齢別の一覧と「空きすぎ・空かない」の不安に元看護師が答えます
痛くて赤ちゃんに吸わせられないときは、搾乳でもかまいません。プロフェッショナル版は「授乳および/または搾乳」と、どちらでもよい書き方をしています。
冷やすのと温めるのは、目的がまったく違う
「冷やすの?温めるの?」は、乳腺炎でいちばん混乱しやすいところです。ネット上で正反対の情報が並んでいるように見えるのは、目的が違う2つの話が、区別されないまま並んでいるからです。
資料は、両方について書いています。しかも、それぞれ別の目的で。
冷やす=痛みと腫れのため
「痛みと腫れは患部の冷却や鎮痛薬(アセトアミノフェンやイブプロフェンなどの非ステロイド系抗炎症薬[NSAID]など)で対処します」(MSDマニュアル家庭版)
温める=母乳を出しきるため
「母乳を出しきるには、授乳前、授乳中または搾乳の前に乳房に温湿布をあてます」(同)/「母乳を完全に排出するために,授乳または搾乳の前またはその間に乳房に温罨法を行ってもよい」(MSDマニュアル プロフェッショナル版)
整理すると、こうなります。
- これから出すとき(授乳の前・授乳中・搾乳の前)→ 温める
- 出したあとの痛みや腫れがつらいとき → 冷やす
どちらが正しいかではなく、タイミングと目的で使い分ける。そう考えると、正反対に見えた情報が両立します。
なお、温めることについては「行ってもよい」という書き方であって、必須の手順としては書かれていません。温めるとつらいと感じるなら、無理に続ける必要はないということです。
鎮痛薬は、我慢して避けるものとして扱われていない
プロフェッショナル版は、初期治療の筆頭に鎮痛薬を挙げています。「初期治療は,鎮痛薬(アセトアミノフェンまたは非ステロイド系抗炎症薬[NSAID])により疼痛および腫脹を管理することである」。
家庭版も同じ成分名を挙げています。「アセトアミノフェンやイブプロフェンなどの非ステロイド系抗炎症薬」。
つまり、痛みを薬でコントロールすることは、乳腺炎の治療の一部として最初に挙げられているということです。「授乳中だから何も飲めない」と痛みに耐え続ける必要は、資料の書き方からは読み取れません。
授乳中の鎮痛薬の扱いについては、産後の痛み全般を扱った記事でもう少し詳しく整理しています。
後陣痛とは?いつからいつまで続く・どんな痛み・和らげ方を元看護師が解説
水分は「普段より多く」と明記されている
地味ですが、資料がわざわざ独立した項目として挙げているのがこれです。「水分を十分にとる(普段より多くとる)よう勧められます」(家庭版)、「水分摂取が推奨される」(プロフェッショナル版)。
熱が出ていれば、それだけで水分は失われます。授乳もしています。枕元にすぐ手の届く飲みものを置いておく——これだけでも、資料が挙げている対処のひとつを実行していることになります。
それでも改善しない・症状が重いときは抗菌薬
ここまでの対処で足りない場合に、次の段階として抗菌薬が出てきます。プロフェッショナル版の書き方はこうです。
「保存的な処置に反応しない乳腺炎,または重度の症状(例,進行性の紅斑,全身性疾患の徴候)を示す乳腺炎は、最も一般的な原因病原体である黄色ブドウ球菌を標的とする抗菌薬で治療する」。
日本産婦人科医会も、産褥期の胸の痛みについて「乳房全体の硬結・圧痛・熱感などを伴う場合には感染性乳腺炎に対する抗菌薬の投与が必要」と書いています。
具体的な薬剤名や投与期間も資料には書かれていますが、これは医師が処方を決めるための情報であって、私たちが選ぶための情報ではありません。ここで押さえておきたいのは、次の2点だけです。
- 抗菌薬は数日から2週間程度、続けて飲む薬として設計されている(自己判断で途中でやめない)
- 「投薬中も授乳および/または搾乳を続けるべきである」と明記されている
乳腺炎でも授乳は続けていいの?資料の答えは「続ける」
「膿が出ているのに飲ませていいの?」「薬を飲んだら母乳はあげちゃだめ?」——ここが、いちばん不安なところだと思います。
「通常は授乳を続けるべきです」と書かれている
MSDマニュアル家庭版は、治療の項の冒頭にこう置いています。
「出産後に乳房の感染症が起きた場合でも、通常は授乳を続けるべきです」(MSDマニュアル家庭版)
「母乳を与えていて乳房の感染症が起きた場合は、そのまま授乳を続けます。母乳を出しきることは治療に役立ち、膿瘍が生じるリスクを低下させるからです」(同)
感染が起きていても、続ける。しかもその理由まで書かれています。出しきることが治療に役立ち、膿瘍のリスクを下げるからです。
「感染しているのだから止めたほうが安全なのでは」という直感とは、逆の結論です。でも、しくみを踏まえると納得できます。たまっていることが炎症を悪化させる方向に働くので、出すことがそのまま治療になるのです。
抗菌薬を飲んでいる間も続けてよいと書かれている
薬を飲み始めたら中断すべきか、という疑問にも、プロフェッショナル版がはっきり答えています。「投薬中も授乳および/または搾乳を続けるべきである」。
「べきである」という強い書き方であることに注目してください。薬を飲むから授乳をやめる、という流れは、資料の想定に入っていないということです。
断乳・卒乳のタイミングで起こる乳腺炎
授乳をやめていく過程で乳腺炎になった、という話もよく聞きます。しくみを考えれば自然なことで、飲む量が急に減れば、そのぶん乳房にたまりやすくなるからです。
MSDマニュアルは、授乳を予定していない場合の乳房のケアについて別に記載しています。「乳房へのしっかりとした締め付け(例,ぴったりフィットしたブラジャーの着用),冷罨法,および必要に応じた鎮痛薬投与により,乳汁分泌が抑制されている間の一過性症状をコントロールする」、そして「乳汁分泌を増加させる乳頭刺激および用手搾乳を避ける」。
ここで、ややこしい状況が生まれます。やめていく過程では「刺激を避ける」方向、乳腺炎になったら「出しきる」方向。方針が逆になるのです。
ちなみ(元看護師)

マッサージは有効なの?公的資料が書いていること・書いていないこと
「乳腺炎 マッサージ」は、非常に多くの方が調べているテーマです。ここは、書かれていることと書かれていないことを、はっきり分けてお伝えします。
日本産婦人科医会が書いていること
日本産婦人科医会の資料に、この点についての記述があります。
「産褥期の胸痛は多くは乳腺炎による痛みである」
「軽度のうっ滞性乳腺炎の状態であれば乳房マッサージのみで改善することも多い」
「手技が難しい場合もあるので産褥婦自身が行って改善がみられない場合には外来受診を促して助産師によるマッサージと指導を行う」
(いずれも日本産婦人科医会)
この3文から読み取れることを、順番に整理します。
- マッサージが有効とされているのは「軽度のうっ滞性」の段階。うっ滞性というのは、母乳がたまっていることが主体で、感染をともなっていない状態を指します
- 「手技が難しい場合もある」と、自分でやることの難しさが明記されている
- 自分でやって改善しない場合は、受診して助産師の手技と指導を受けるという流れが示されている
つまり、公的な資料の立場は「マッサージは無意味」でも「マッサージが万能」でもなく、段階と担い手によって位置づけが変わるということです。
書かれていないこと
一方で、今回確認した資料のなかに見当たらなかったものも、正直に挙げておきます。
- 具体的な手技の名前・流派・やり方の手順は書かれていません
- 「強く揉む」「しこりを押しつぶす」ことをすすめる記述は見当たりませんでした
- 感染をともなう乳腺炎(発熱・全体の硬結がある状態)にマッサージをすすめる記述も見当たりませんでした
MSDマニュアルの治療の項に挙げられているのも、鎮痛薬・冷却・温罨法・母乳を出しきること・水分であって、マッサージという言葉は治療の柱としては出てきません。
膿がたまったとき:絶対に自分で出そうとしないでください
「乳腺炎 膿 自分で出す」という調べ方をされる方が、少なくありません。それだけつらい状況にあるということだと思います。ここは、はっきり書きます。
乳房膿瘍の治療は「穿刺吸引または切開排膿」
膿がたまった状態は乳房膿瘍(にゅうぼうのうよう)と呼ばれます。資料の記述はこうです。
「乳房膿瘍は超音波検査で診断します。抗菌薬で治療し、多くの場合、切開して排膿します。この処置は局所麻酔で行えますが、鎮静薬の静脈内投与や全身麻酔が必要になる場合もあります」(MSDマニュアル家庭版)
「超音波検査で診断し,穿刺吸引または外科的切開による排膿で主に治療する」(MSDマニュアル プロフェッショナル版)
「膿瘍を形成している場合には切開排膿を行う」(日本産婦人科医会)
3つの資料が、そろって同じことを書いています。診断には超音波検査が必要で、処置は麻酔をかけて行う医療行為だということです。
自分で出そうとしてはいけない理由
理由は、資料の記述からそのまま導けます。
- そもそも膿瘍かどうかは、超音波検査で診断するものとされています。見た目とさわった感じでは、確定できません
- 局所麻酔で行い、場合によっては鎮静薬の静脈内投与や全身麻酔が必要と書かれています。麻酔が要る処置を、麻酔なしで自分に行うということになります
- 抗菌薬による治療も同時に行われるのが標準です。膿を出すことだけでは治療が完結しません
なお、乳頭から膿が出ることについては、家庭版に「膿瘍の周囲が腫れて、乳頭から膿が出る場合があります」という記述があります。これは症状の説明であって、「出せば治る」という意味ではありません。自然に出てきた場合も、その時点で受診の対象です。
病院に行く目安と、何科にかかればいいのか
「これくらいで病院に行っていいのかな」と迷って、行かないまま夜を越してしまう方が本当に多いテーマです。目安を整理します。
資料が挙げている受診のサイン
- 発赤(赤み)が広がっている
- 発熱がある
- 悪寒(寒気・震え)がある
- 対処をしても症状が軽減しない
- 症状が重いと感じる
- 膿が出た・膿がたまっている感じがある
- 自分でできる範囲のケアをしても改善がみられない
上の5つはMSDマニュアル家庭版の受診の記述、最後のひとつは日本産婦人科医会の「産褥婦自身が行って改善がみられない場合には外来受診を促して」という記述にもとづいています。
産後の発熱については、悪露(おろ)の異常など、乳腺炎以外の原因もありえます。産後の体の回復の全体像は、こちらでも整理しています。
悪露(おろ)とは?いつまで続く・色や量の変化・受診の目安を元看護師が解説
何科にかかる?産婦人科・母乳外来・乳腺外科の使い分け
「乳腺炎 何科」も、非常によく調べられている疑問です。資料の記述と、実際の医療の流れから整理すると、次のようになります。
- まずは出産した産院(産婦人科):産後の経過を把握しているので、いちばん話が早い相談先です。日本産婦人科医会の資料も、産褥期の乳腺炎を産婦人科の外来で扱う前提で書かれています
- 母乳外来・助産師:「助産師によるマッサージと指導を行う」と資料にあるとおり、うっ滞が主体の段階の相談先として位置づけられています
- 乳腺外科:膿瘍の処置や、しこりが残る・くり返す・授乳と関係なく症状が出た場合など、乳房そのものの評価が必要なときの相談先です
迷ったら、まず出産した産院に電話するで問題ありません。そこから必要に応じて紹介してもらえます。「どこに行けばいいか分からない」という状態で自分で正解を選ぶ必要はありません。
しこりが残ったまま・何度もくり返すとき
熱が下がって痛みも落ち着いたのに、しこりだけが残っている。あるいは、治ってはまたなる、をくり返している。この状況について、家庭版に重要な一文があります。
「抗菌薬で感染症が改善しないか、または感染が認められない場合は、医師は乳房のしこりまたは感染症の他の原因の有無を調べる評価を行います」(MSDマニュアル家庭版)
つまり、治療しても改善しないときは、「乳腺炎ではない何か」の可能性も含めて調べるという段階に進みます。これは怖がらせるための情報ではなく、「よくならないなら、もう一度診てもらう理由がちゃんとある」ということです。
「前に診てもらったのに、また行くのは申し訳ない」と思う必要はありません。改善しないことを伝えに行くのは、資料に書かれている正規の流れです。
授乳していない・妊娠していないのに症状が出たとき
この記事はここまで、授乳中の乳腺炎を前提に書いてきました。それは、資料が「ほぼすべてが授乳している母親に起こります」と書いているからです。
では、授乳していない時期・妊娠していない時期に、胸が赤く腫れて痛むという症状が出た場合はどうか。家庭版には「一般的ではありませんが、乳房の感染症は外傷や手術の後に起こります」という記述があり、産後・授乳中以外で起こることは一般的ではないと位置づけられています。

なお、乳腺炎が起こりやすいタイミングのひとつが、授乳をやめていく時期です。急に授乳をやめると母乳が乳房にたまったままになり、うっ滞から乳腺炎につながることがあります。いつやめるか・どんな順序で減らしていくかという時期の話は、そのまま予防の話でもあります。卒乳と断乳の違いや、やめどきの目安はこちらにまとめました。
母乳はいつまで?授乳をやめる時期と卒乳のサイン・体の変化を元看護師が解説
とりわけ授乳をやめていく時期は、母乳が乳房にたまってうっ滞から乳腺炎につながりやすいタイミングです。急にやめないこと・張りに応じて少しずつ抜くことが予防になります。断乳の進め方と、絞る/絞らないの判断のしかたは、こちらの記事で具体的に扱いました。
断乳のやり方|進め方と胸のケア・絞る絞らないの判断を元看護師が解説
夜だけ授乳をやめる「夜間断乳」を進めるときも、授乳の間隔が急にあくと胸が張りやすくなります。張りや詰まりをためこまない進め方については、こちらの記事もあわせてご覧ください。
夜間断乳はいつから?やり方と昼夜どちらを先にやめるかを元看護師が解説
乳腺炎を予防するためにできること
一度なると本当につらいので、「もう二度となりたくない」と思うのは当然です。ただし、ここでも資料に書かれていることと、世の中でよく語られていることには差があります。
予防の中心は「飲ませ方」と「ためこまないこと」
MSDマニュアル家庭版に、予防を考えるうえで決定的な一文があります。
「授乳中の乳児の姿勢が適正でないと、ひび割れ(および痛み)が生じやすくなります」(MSDマニュアル家庭版)
ここまでの話をつなげると、こうなります。姿勢が適正でない → 乳頭にひび割れができる → そこから細菌が乳管に入る → 感染が起こる。予防の起点は、この鎖のいちばん最初にあるということです。
そして、こども家庭庁の「授乳・離乳の支援ガイド」も、支援の内容として「子どもが欲しがるサインや、授乳時の抱き方、乳房の含ませ方等について伝え、適切に授乳支援を行う」を挙げています。抱き方と含ませ方は、国のガイドが専門職の支援項目として明記しているテーマなのです。
ちなみ(元看護師)
もうひとつの柱は、ためこまないことです。治療の項に「乳管が充満したら、乳房から完全に母乳を出しきるべきです」とあるとおり、たまった状態が続くことが問題になります。授乳の間隔があいてしまう日、外出が長引いた日、赤ちゃんがよく寝た日は、張りを感じたら早めに出すことが予防的な行動になります。
食べ物で予防できるのか
「脂っこいものを食べると詰まる」「甘いものは避けたほうがいい」という話は、非常に広く語られています。
正直に書きます。今回確認した公的機関・学会の資料のなかに、特定の食べ物と乳腺炎の発症を結びつけた記述は見当たりませんでした。MSDマニュアルの原因の記述は、乳頭のひび割れからの細菌の侵入であり、食事には触れていません。
授乳中の食事について国のガイドが述べているのは、アレルギー予防に関する文脈での次の一般論です。
「母親の食事は特定の食品を極端に避けたり、過剰に摂取する必要はない。バランスのよい食事が重要である」(こども家庭庁「授乳・離乳の支援ガイド」より。子どものアレルギー疾患予防に関する記述)
「あれを食べたから詰まったのかも」と自分を責める材料にする必要はない、と私は思います。産後の生活で、これ以上守るべきルールを増やさなくていい。それが、資料を読んだ率直な結論です。
白斑・チクチクした痛みが出たとき
乳頭に白い点ができる(白斑)、授乳中にチクチク刺すような痛みがある、といった症状も、よく検索されています。
これらについては、今回確認した資料のなかに独立した項目としての記述を見つけられませんでした。そのため、この記事では「こうすれば治ります」という書き方はしません。
ただ、資料の枠組みに当てはめて考えられることはあります。乳頭にできた変化は、細菌の入り口になりうる——家庭版が書いているのはそういう構造です。白い点をピンや針で自分で処置しようとしないこと、そして乳頭の変化が続くなら、痛みの相談として母乳外来や産院に持っていくこと。この2点が、資料の考え方に沿った行動になります。
ひとりで抱えないための相談先
最後に、いちばん現実的な話をします。乳腺炎がつらいのは、痛みと熱だけではありません。その状態で赤ちゃんの世話が止まらないことが、いちばんきついのだと思います。
こども家庭庁は、産後の支援として産後ケア事業と産前・産後サポート事業を挙げています。「授乳・離乳の支援ガイド」には、「特に支援が必要とされる産前・産後の時期において助産師等による相談支援を行う『産前・産後サポート事業』」、そして「退院直後の母子に対して、保健指導及び授乳指導、療養上の世話等の心身のケアや育児サポート等きめ細かい支援を実施する『産後ケア事業』」と書かれています。
「授乳指導」も「療養上の世話」も、事業の内容としてはっきり書かれていることに注目してください。乳腺炎で困っている状態は、まさにこれらの対象です。お住まいの市区町村の窓口(子育て世代包括支援センター、保健センター)で相談できます。
そして、同じガイドにこんな一文があります。
「そうした過程で生じる不安やトラブルに対して、保健医療従事者が母親等の気持ちや感情を受け止め、寄り添いながら適切な支援を行うことにより、母親等は対応方法を理解し実践することができ、少しずつ自信が持てるようになってくる」(こども家庭庁「授乳・離乳の支援ガイド」)
「不安やトラブル」に対応することが、支援する側の役割として最初から書かれている。つまり、困った状態で相談することは、想定外の迷惑ではなく、想定されている使い方なのです。
痛みと発熱が続くと、気持ちのほうも確実に削られていきます。授乳がうまくいかないつらさと心の不調は、国のガイドでも接続して扱われているテーマです。
産後うつとは?症状・いつまで続くか・マタニティブルーズとの違いを元看護師が解説
参考 授乳や離乳について(授乳・離乳の支援ガイド 2019年改定版)こども家庭庁
参考 母子保健・不妊症・不育症など(産後ケア事業)こども家庭庁
よくある質問
Q乳腺炎は自分で治せますか?
A.MSDマニュアルは、鎮痛薬・冷却・母乳を出しきること・水分の4つについて「多くの場合、軽度または中等度の乳腺炎を治療するにはこれらの対策で十分です」と書いています。つまり軽度〜中等度なら自宅での対処で改善することが多い、という位置づけです。ただし発赤が広がる・発熱や悪寒がある・改善しない・症状が重い場合は受診の対象と明記されています。「自分で治す」ことを目標にせず、改善しなければ切り替えると決めておいてください。
Q乳腺炎になっても授乳していいですか?
A.資料の答えは「続ける」です。MSDマニュアル家庭版は「出産後に乳房の感染症が起きた場合でも、通常は授乳を続けるべきです」、プロフェッショナル版は「投薬中も授乳および/または搾乳を続けるべきである」と書いています。理由は、母乳を出しきることが治療に役立ち、膿瘍が生じるリスクを下げるからです。痛くて吸わせられないときは搾乳でもかまいません。
Q乳腺炎は何日で治りますか?
A.今回確認した公的機関・学会の資料に、「平均◯日で治る」という数字は見当たりませんでしたので、この記事では日数を示しません。参考になるのは、重症例で使われる抗菌薬が7〜10日間、または10〜14日間という期間で設計されている点です。数日で終わるものから2週間ほどかかるものまで幅がある、と考えておくのが現実的です。日数を数えるより、赤みと熱が引く方向に向かっているかを見てください。
Q冷やすのと温めるの、どちらが正しいですか?
A.どちらも資料に書かれていて、目的が違います。冷やすのは痛みと腫れへの対処、温めるのは母乳を出しきるための準備(授乳前・授乳中・搾乳の前)です。「これから出すときは温める、出したあとのつらさには冷やす」と覚えてください。なお温めることは「行ってもよい」という書き方で、必須の手順としては書かれていません。
Q乳腺炎は何科を受診すればいいですか?
A.迷ったらまず出産した産院(産婦人科)に電話してください。産後の経過を把握しているので話が早く、日本産婦人科医会の資料も産婦人科の外来で扱う前提で書かれています。うっ滞が主体の段階なら助産師・母乳外来、膿瘍の処置やしこりが残る場合、授乳と関係なく症状が出た場合は乳腺外科が相談先になります。
まとめ:迷っている時間そのものが、連絡していい理由です
最後に、この記事の要点をまとめます。
- 乳腺炎は痛みをともなう乳房の炎症で、通常は感染をともなう。産後6週間までに多く、ほぼすべてが授乳している人に起こる
- 授乳開始から数週間後の発熱は、乳腺炎によることが多い。産後に熱が出たら、まず胸を見る
- 医師は「炎症のない乳房緊満(張り)」との鑑別から始める。「なりかけ」の判断がむずかしいのは当然のこと
- 対処は鎮痛薬・冷却・母乳を出しきる・水分の4つ。これで十分なことが多いと資料は書いている
- 冷やすのは痛みと腫れのため、温めるのは出しきるため。目的が違うので両立する
- 授乳は続ける。出しきることが治療に役立ち、膿瘍のリスクを下げる。抗菌薬を飲んでいる間も続けてよいと明記されている
- マッサージは軽度のうっ滞性の段階についての記述。自分でやって改善しないなら受診という流れが示されている
- 膿は絶対に自分で出そうとしない。診断は超音波検査、処置は麻酔をともなう医療行為
- 赤みが広がる・熱や悪寒がある・改善しない・症状が重いときは、時間帯を問わず連絡する
- 予防の中心は飲ませ方(抱き方・含ませ方)とためこまないこと。特定の食べ物と乳腺炎を結びつけた公的な記述は見当たらなかった
乳腺炎でいちばん多い失敗は、対処を間違えることではありません。「これくらいで連絡していいのかな」と迷っているうちに、時間が経ってしまうことです。
専門家でも身体診察をして張りと炎症を切り分けている。その判断を、痛みと発熱と寝不足のなかで、あなたひとりが背負う必要はありません。
伝えることは、3つだけで十分です。赤みは広がっているか。熱と寒気はあるか。出したあと少しは楽になるか。この3つを言えれば、あとは受け取った側が判断してくれます。
痛い胸を抱えたまま、深夜にひとりで検索しているあなたが、今日は少しでも眠れますように。
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